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EVENT-INFO, NEWS - OUTLOOK festival JAPAN  タイムテーブル  入手  方法

さて、Dommuneで先ほど放送された
”アウトルック前夜祭”どうでした?

ダイブ、私は興奮してきたよね!ああ!ブッカましてー!って上がってくる
闘争心と、とにかく好戦的なんだろーなぁ・・・

ってなわけで、
リッピングの鬼ッコからリークモンスターへ手渡された。。。コレ
まずこれを見て、おさらいのおさらいをしてもいいかもね★



で、タイムテーブルチャックワンツーして、どう回ろうって思った?
GOODWEATHERはフューチャリングににグライムラッパーの次世代代表と
呼ぶにふさわしい、関西の才能の塊
”溺死”を帯刀して16:15からテントステージにて堂々のGRIME&HIPHOPセット!
尾張名古屋のハードコア楽しませたりますです!

ともかく、ぶっかますしか、方法がないじゃん・・・



所詮、私も、そんでGOODWEATHERクルーもヘッズ集団だからさ。
過去に、すんごい幼いときに、ぶっかまされた衝撃で
このいまのこの瞬間までに至ってるんだけど
そういう経験の場所になればいいと思ってる。

若い人の人生をめちゃくちゃにするのが趣味です

さて、地方からOUTLOOKかつAHEGAにご来場の皆様
っていうか、名古屋の子たちへ。
キムちゃんからのお薦めプランがコレだそうです、
男子専用って感じやけど、これ明日までのお得なプランだってさ
グリーンプラザの大浴場付きカプセル

ほんで、前のみとか打ち上げはこんなんどうですか!だそうですw
イベント打ち上げに歌舞伎町の激安寿司居酒屋
寝て起きてザギンで寿司ランチ
夕方時間あったら下北沢なん八

ソレと、スクリームベンガまでみたら帰れないよね新幹線じゃ
でも月曜は普通に仕事だぜってハードコアは、
私と一緒に帰るかw もしくは東京駅から24時発のバスなら
名古屋駅に5時着だってさ。SAVちゃん情報でした★

GOODWEATHERは君らにOUTLOOKマナーのトラウマショウをやるよ
いつでもどこでも今はベースミュージックで聴けるでしょ
アイドルの貧相なウォブルベースだって聴けるでしょ
だからさ、せっかくだし誰にも理解されなくても全然平気な
いつもどおりのGOODWEATHERがブッカマスBASS MUSIC聴かせたい
アングラだと思ってやってたことなんて一度もないけど
こっちはカッコイくて、やばいことしかやりたくないんだよ

日曜日はアゲハなんて身分不相応なとこで待ってる
愛してる、241FMクルー

ERI


EVENT-INFO, NEWS - OUTLOOK FESTIVAL JAPAN の前にちょっと予習ブログその2

さて、フェスの基本的構造と目的の話を昨晩したんで
今夜はOUTLOOKフェスティバルそのものの話をしまんす。
私も全てを知るわけではないけども、でも知ってる部分は共有したいよね。

ンで、DUBSTEPを初めとするUK BASSカルチャーが過渡期を迎えた2008年に
世界で随一のベースミュージックとサウンドカルチャーのフェスティバル、
もちろん話題性はUKにおいては非常にホットだった。
当時のプロモーターチームは
Subdub, New Bohemia, The Doctors Orders,
Vagabondz, Compost Records
と、ほぼサブダブチームが築き上げたカルチャーシーンと
それに共感した主要のDUBSTEP、UKG、UK HIPHOP、の
10年選手プロモーターが集まって(しかも一部ドイツ)
ボスをRyan Wildに据えて始まってると覚えてる。

ここでも決してメインコンテンツを作り上げたチームはロンドンシーンではなく
リーズ、ブライトンのスタッフが随分働いていたとも思う。

つまり、首都圏で流行ってるサウンド、ではなく
UK全土に広がっているそれぞれの地域色濃いサウンドカルチャーを
首都圏のみが主導するのではなく
全域レベルでクッソ、メッチャ、ドーエライ盛り上げたい
しかも、色々コストばかりかかって、しかもルーズなUKフェスではなく
新たにすべて自分たちでコントロールできる範囲で手弁当バリバリでやる

これが最初だったと思う。

ブライトンのシーンって私もすごく好きで独特なんだけど
印象だけで言うと、めちゃくちゃカウンターカルチャーなんだよね
M.I.A.が出てきたとき、すんごいニューレイブ!ニューレイブ!って騒がれたときも
ファッションシーンもふくめて
「アフリカパターンに蛍光色、三角ならべたらオシャレかよ」って
キモチイイくらい反抗してくれてた。
その時の最高潮がチップチューンのブレイクコアや
8ビットローファイ、それにゴリゴリのアングラHIPHOP、手刷りシルクのTee。
そこをちゃんとフォローした2008年のスタートメンツは今見ても何も文句がないw
全ての最高潮を見せる、新しさが溢れてた。

で、件のフェスがいよいよ開催されたとき全ての出演者は感動したと思う。
観客はのべで14000人、じっさい5日間のフェスティバルで海外出陣、
その程度の動員ときけば、ぞっとするかもしれないが
5日間、ほとんど人間がその場所を移動することもなく
ちゃんとバカンスフェスティバルとして機能したからね。
つまり、狙いと需要は供給することで、次回やれるかもしれないという
気持ちになれるほどの結果は出せたのだ。
実際、欧州フェスの動員数は日本のそれよりも低い、そこには
距離感をいとわずにやってくるハードコアなお客様を抱えてる強みもあるし
やはり、そこはまずもって「バカンスの楽園」なわけだから
とてつもなく非現実な光景ながら、若い世代の英国人の理想郷なのだ。

その時のヘッドはGillesにIrationSteppas、フィーリンベガーズにMALA
RUSKO、ハッチャ、RSDにジェントルマンダブクラブ、エ
グゾダス、ハドソンモホーク。。。
本当、まじで今では再現不可能なメンツだと思う。

その後、このウワサや結果や持ち帰ったストーリーは一気に広まって
翌年に出演することが完全にプロップス的にもなってた。
それに、まだまだそれじゃ表現しきれてないという欲望も感じた。
そして、この強烈な杭が打ち込まれたことで、一気にアメリカシーンにも
DUBSTEPを初めとするBASSカルチャーが飛び火したことも、事実だろう。

実際、サウンドシステムを抱えて地繋がりの欧州を西へ東へというのは、
とっても大変だけど、そこをスケジュール組んでサーキット的にまわり
その一路にこのようなビッグフェスを作ることで
そこに全員が集まるという現象をも可能にしたわけで
同じく2008年に始まったUPRISING FESTIVAL(スロバキア)や
94年からの歴史をもつRototom Sunsplash(スペイン)にも
新しいニュールーツ経由サウンドカルチャーを目指すサウンドが
参加するようになった。と、思ってる。
SonerだってCTMだって、こういうサーキットフェスティバルに
新しいサウンドが台頭したら、本格的に取り入れるだろうし、
実際そうだったし、とにかく2008年という年はインターナショナルであり
OUTLOOKというのはBASS MUSICとSOUND SYSTEMカルチャーを一気に広めたよ

ふむ。。。。そう思わない?
レコ棚みるとビッグチューンだらけじゃない?
ハウスシーンが2月にプロモして5月のIBIZAプレに間に合わせるように
そんなプレスリリースサイクルになってると思わない?

エニウェイ!!!

そんなスタートと今までの経歴は
出演アーティストを並べていけば、あとは時代の顔だから
そこはもし興味をもったらちょいと調べてみて欲しい
既に、いまや若干目的もフィロソフィーも変わり
さらにカウンターユースの為のDimention Festivalを始めたから
ちょっと調べにくいかもしれないけど

ただ、私はここにすごくリスペクトと未来のカタチを感じた。
ジャンル違えと地下茎では繋がってるシーンが
思い切ってカンパニーを乗り越えて、プロモーターエゴも
1つのコンセンサス「自分たちのフェスをメインスポンサー掲げることなくやる」
の元に集まり、それぞれの思惑は全て可能になったことで
新しいフェスティバルのビジネスモデルと、
新しい世代による音楽マーケットのあり方を見たように思う。

インディペンデント、メジャー、その差は実はそう大きくはない
タダ、それで喰っていくかどうかの瀬戸際に
インディペンデントでも生き抜いて、出し抜く競争力をもてるかどうかだけ

今回のOUTLOOKフェスティバルにも
日本を代表するUKサウンドパーティーの王者DBS、
ニュールーツからダブ、そして変化し続けるレゲエを常にオンタイムで提供するZETTAI-MU、
そしてSDMを主催し、まさに現在進行形でOUTLOOKに関わるPART2STYLE

この3スクミがそれぞれに指向性をとりながらも
このOUTLOOKフェスティバルの日本ローンチパーティーに
いよいよタッグをもったことは非常に意義深い。

過去ローンチは2回行われているが、そのどれも
近くて遠い英国へのオマージュだったように思う。
それが今回ではっきりと日本の立ち位置をとりあえず示したわけで
この流れが是非全国へ飛び火して、あらゆる地域性のあるカルチャーを
OUTLOOKというカタチでなくとも、フックしていく1つの指針になればいいと思う

NEWS - アウトルックフェスティバル、ジャパンローンチに向けて、ちょっと予習ブログ その1

どもども、はろーえぶりわん

久々にブログを書いてます、最近はFacebookの気軽さに負けていますが
ちょっと長い記事と、私の良くも悪くも思いの丈をぶちまけるには
やっぱココが良いんだろうね、お付き合いください。
一応Facebookからの転載になりますが、何回かわけている記事をまとめています。

アウトルックフェスティバルに対してのリスペクトは
多分どの出演者よりも気持ち的に濃いという理由と
09年のみ遊びに行ってるだけ、ということと
全てを知るわけではないのだけど、
多分このままでは誰も本国の事を知ってる限りでも語らないと
このローンチが何故おこなわれるかワカラナイままだなって思ったのよ

それって1番やだね
だってそれってとりあえずヤリタイだけみたいジャン!
フェスティバル、基本的に好きじゃない私が
何故これには出演したかを、片鱗でも感じて貰えたら幸いです

ではでは、まずは。。。。OUTLOOK Festivalの本質とか理由をいまさら語るのも
ちょっとめんどくさいし、私が言うことでもないんだけど

それがなぜココまで大きく広がっていったかは興味もわいてる

かいつまんで言えば90年代旧ユーゴ内戦から復興して
旧市街の再開発も完了し、いよいよ観光としてアプローチしたとき
かつてバーデンバーデンに続く「保養と健康のリゾート」として名をはせた
19世紀(こんな話してどうすんのかなw)の名士としては
そこになにをすれば若者がくるかを国をあげて取り組んだ結果が
ザクレブ市主催のT-Mobile in musicだったと思う。

そして、それは東欧における1つの産業モデルになった
最後のリゾートと呼ばれるアドリア海の真珠PULA、そしてコーチュラ島は
私がイタリアにいたときもロンドンにいたときも
安くておいしくて海の綺麗な美しい楽園とされていたし
実際リミニから船が出ていて、イタリア人はかなり贔屓にしてたと思う。

さて、そんな場所をほっておくわけがないよね
かつてリゾート開発といえばイタリア系貴族ではあったが
いまやイギリス人もバレアリック諸島に続く場所が欲しい
そうなれば、観光局が手招きし、そしてユーゴ内紛をしらない世代が
街を切り盛りする、そんな最高な場所は早めに押さえて損はないわけよね。

OUTLOOK festivalと
欧州フェスティバルにおける観光経済は
昨日ちょっとだけ匂わせて書いたけど
実際1番わかりやすい例にIBIZAをあげよっかな

IBIZAはバレアス諸島の島の1つ
セカンドサマーオブラブ世代のDJ達がなぜここを見つけたか
それはフランコ政権がおわり王政にもどったスペインの政治による
「スペインの奇跡」以降のビザ給付が緩やかになり
自由統治をイメージしたユーロヒッピー達が80年代にこぞって、
その島に移住して、「新しい楽園」を作り上げた。
そして、そこに根付くオスマントルコ(これ誰のためになるんだろw)経由の
エキゾチックなリズムと、すでに「新しいリゾート地」として
バカンス目的に滞在したシカゴハウスDJシーンが癒合してバレアリック音楽により
それをダンスミュージックに持ち上げたのが、マンチェスターのDJ達
そしてそれをUKに持ち帰って”マッドチェスター”が始まったのは割愛。

でもそれロンドンじゃないってのはミソかもね。

つまり、内戦や独裁が終わって、その国が民主的に開かれると
未開の楽園がそこにある。(っていうか行きやすくなる)

19世紀からリビエラ、地中海でも穏やかな地形と
年中を通した安定した天気と暖かさ、そしてエキゾチックでありながら
ロシアビザンチンの歴史をもつクロアチアのいまだ田舎町にて
国定公園指定を受けるまでに、どこまで専有したことをしかけるか

はぁ、大きな大きな経済効果を産むんだよね
だって欧州人は常にバカンスの場所をもとめてる
年に月単位の休暇をとることをいとわない経済はそういうまわしかたをするからだ。

ヨーロッパではフェスティバルというのは国を挙げたプロジェクトになるはずです。

セオリーとマナーで潜在的にレゲエサウンドクルーが多い東欧シーンと
(むしろクラブジャズシーンが大きい故でもあるかな?)
その殆どのコンテンツをUKに頼った結果、それと
すでに私達世代の人間がSSOL以降に求めた「新しい世代の話をする」という中に
先日にあげたフェスの成功もふまえて
「あえて、メインスポンサーを掲げず、新しい音楽シーンと街が主役」が
このOUTLOOK festivalなんだよねー。

しかもロンドンの人間がってところもちょっと感じる。
始まった2008年は既に飽和状態、ピークに達したニュールーツ、
それにまつわるベースミュージック、ダブシーンをいかに海外へ輸出するか
その挑戦はおそらくは興奮と興味で支えられてたんだろう

メキシコのリビエラマヤ、スリランカのウワナトゥワ、
次の再注目は。。。。カンボジア?ノンノンまずはキューバのオールドハバナかもね
そっから見えるキューバとUKはもう説明も不要なくらい
透けて見えるわかりやすさでジャイルズ&MALAが目指してる。

今日はここまで!
続きはまた明日、でもフェスって本来どんな感じかなって
ちょっとだけでもわかると、ちょっと見え方が変わるよね。

私は日本のフェスはいまだに企業単位であることが残念
町おこしというのは一瞬の打ち上げ花火じゃない
そこに行けば、なにをやっていなくても「夢の楽園」であるべきなんだ

NEWS - 1994、僕のセンセイは

TOPCATの紹介がてら
思い出話ぽろぽろと・・・

今みたいなすぐツラバレ(FACEBOOK!)
するようなネット社会がなんとなーく始まる
ちょいと前の94年、ADSLすらマトモになく
テレホーダイが始まる前、かつUGの元祖”地下道入り口”も
Windows95も、ベッコアメもこれからの、そんな時期

一体全体何人がやってるかわかんない
ジャマイカ人とは言い切れない
つまりレゲエだけど、超デジタルで
なんだこれってくらいの衝撃。
DHCやプロディジーの源流ってコレなの?って
思ってた”RAGGA”が、PUNK化したような
ハタチになる前にハタチっぽいことしてたような気がして
小生意気にクラブでTALKING LOUDあたりで粋がったガキンチョが
一気に人生BASSに狂ってしまった、それがJUNGLE

ラスタっぽいスリーブだし、パトワだし
多分、黒そうな人がやってんだろうけど
こういうミクスチャーな感覚ってFISHBONEやBADBRAINSとは
なんか違う、もっとラフで尖ってて・・・
UKがUSへアプローチしたPUNKと違って
こんどはUSのHIPHOP(ブレイクビーツ)やカルチャーが
UKのブラックミュージックに消化されて爆発したような・・・

当時はとにかく謎だったよね、だって調べようがないんだもの
だからこそ体感でヤバイって思えたのもある
わかんないけど、ヤバイっていうのは
脳みそも体も柔らかいウチなら信じてイイ感覚だよ

京都のFISH&CHIPSはあらゆるサウンドが新旧関係なく
割と爆音で聴けたけど、やっぱ圧倒的にワイルドバンチや
UKインディーダンス、ギターポップにグラウンドビーツだったなかで
JUNGLEは異常に異様にアツカッタ!
ドラムンベースも同時期にオギャーって産まれたけど
それはもう1年後にドカーンときちゃうのでソレはマタ今度。

ロットンさんのダンスホール、
ロクハンのラバダブ、充分に楽しかったけど
そうじゃなくて、あきらからに「オレンタラーの時代」だった
私は名古屋人で”コンテナ”ではなくMUSHROOM世代だが
その匂いをJUNGLEで感じたのは確かだった。
SHOWとしてのハウスミュージックや
クロスビーツのJAZZも好きだし、それは絶対だけど
でも、やっぱ「オレンタラーの時代」感覚は

ガキンチョにはたまらんよね。

音楽が好きでファッションが好きで
でもディスコとかはキライで
そういうとこに居るヒトは
オシャレで不良でセクシーでオトナだったけど
アンダーグランドの湿っぽさや暗さもなくて
すごい文化的に遊んでるって心の底から浸れた

こっから京都も関西もさらにDEEPになるし
東京もそうだったろうし、
名古屋だって、そうだったかもしれん

クラブカルチャーっていうのは音楽もファッションも
生き方も不良も前提でクロスするカルチャーであって
音楽ジャンルには縛られない
レゲエやってアートやって、スケートのってビデオとって
HIPHOPやってファッションブランド立ち上げて
ハウスミュージックからゲイフリー活動したり映画とったり

とにかく全ての”アート活動”の新たなカルチャーだと思ってる
その中で、その全てを抱擁しながら
とんでもなく衝動的でPUNKで

「うるせー!オレンタラーの時代だて!」
の一言で済ませちゃうJUNGLEのラフでクソタフさに
今でもピュアにどっか信じて、やべーって思っちゃう

多分UKのやつらも、そう
私はそれが今でもコンスタンスに爆発してるべきだと思うし
クラブカルチャーなめんなてって思ってる



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EVENT-INFO - 2005 LONDON からみたTOP CAT

TOPCATの紹介がてら
私のそのときの経験を交えた話でもしようかと。

で、やっぱジャングルのTOPCATっていうイメージだけど
でも話が94年に行く前に私がリアルに眼前にした話をしたい
その方がリアルだからね。

私にはこの頃のロンドンは一番混沌として
マーケットとしても完全に老舗の箱が生き残れない時代で
ロンドンのロンドンたる部分が一気に死んでいく様を見ていた
そう言うときは、逆に新陳代謝で新しいものが産まれていく過渡期だから、けして絶望ではなかった。
そう2005年は私の中ではすごくキーポイントになってる
大箱(Fablic)でのHYPEやZINCは客は入れど(観光客)盛り上がってはいなかったし、本当に若いフレッシュなキッズは南に下ってGRIMEやDUBSTEPの熱狂、もしくはPlasticPeopleで始まったDMZやBenjiBのGarageに夢中になってた。
ライブベニューはニューレイブと呼ばれるM.I.A.やCarriMundelのカセットプレイヤ周りがゲットーなデジタルクンビアをやってたし、そんなかでテクノの箱だったTHE ENDが振りかざした決め手がトロピックなDJ MARKYやBUSHWACKAをフューチャーし始めたことだと思う。

THE ENDは99年からRAMがレギュラーに持ってて3DECKスタイルのメタルヘッズ以降にあるギンギンなジャンプアップが、テクノ箱でありながら最高のサウンドシステムだった〜ウンヌン話は、また別の機会にしますがw

その中でDisitalSoundboyは完全に常に浮きまくってた。
どこにも属さずだったけど、トロピックな感覚とJUNGLEの持ってるレベルミュージックとしてのアプローチは
この時爆発的に始まったHMVとVirginの再発レコードの3枚買ったら1枚タダキャンペーンもあって、若い子たちがJUNGLEやRAVEに触れることが出来たタイミングと、室内巨大レイブのなかでもJUNGLEの再評価が凄くたかく、
なにもかもがばっちりと狙った中で”FEELING”リリース、そしてこの”EVERYDAY”だったと思う

私はその例の”ラテン推し”したTHE ENDでShy FXとT POWERの日にTOP CATが来てて、これを体験することができた。
HYPEやZINC、それにANDY Cと白いD’n’Bがメインアクトで、メタルヘッズ勢はアングラに行きつつあったなか
トロピックという側面は本当に素晴らしく力強かった。

TOP CATはREBEL MCやコンゴナッティありきな場所でしか見ることしかなかったから、所詮日本人の女の子でぶっちゃけワザワザ当時のモウレツな”10年目の再評価”でキッズも乱入しまくってアブナイJUNGLEの現場じゃ金網デスマッチよろしく金網の向こう側にいる彼らを箱のすみっこに張り付いてた私には

この楽しさでものすごく見直したのだw
なんてエンターテイメントで最高にパーティーなんだろって