– Theater 1 is END. –

Theater 1 はその宣言通り、終わりを告げた

この人の名がつけられた12作品がハウス名作劇場の主人公だったことや
Theater 1がマイクインクなどを排出したSTUDIO 1からとったこと
そんなことをすっかり忘れてしまうほど、この1年間の後半はより深度をましていた。
それほど、Theater 1の1年12作品連作にぼくは夢中であった。

なぜそれほどに惹かれたかは極シンプルな答えを持っている
JUKEというフォーマットを基本ルールにしながらも
その表現は非常にミニマルで、モダンであり、そして挑戦的だと思えた。
D.J. fulltonoとCRZKNYという全く混ざり合わないアーティストが
双方出来うる限りのミニマリズムの極地へと誘った非常に好奇心をそそる実験が
アカデミックに語られるJUKEシーンを個人の自由な解釈へ戻そうとする
そんな勇気ある行動に思った。そして実際そうだと今も確信している。

ミニマルというのは高次元に複雑化した果てとして
上から大量に重ねられた装飾的なものをバロック、ゴシック、歴史的とすれば
新しいという意味でモダン、と呼ばれるが
Theater 1の目指す所はもっと個人的で視野の狭い、過集中とアイデア1つを練り上げた単純なエネルギーのかたまりであり初期衝動、みたいなものだろう。
1年あれば、個人も色々あるわけで、中には「どうした?なんだ、これはw」としか感想の言いようが無いものも混ざっているが
その生々しさが返ってJUKEがより生き生きとしたフレッシュで楽しいモノに思わせてくれる。

実際JUKE/FOOTWORKに飽きていたぼくが、またこぞって聞くようになった挙げ句
つくってみようかとすら思わせる、そんな素晴らしい経験をさせてもらえた。

GW主催のワガママ実験音楽会ZECHZGANGZで初ライブを披露して貰った時も
完全に未完成で危ういバランスが、音楽の最も単純な動機である「1音鳴らす」に集中して、まるで教会の鐘の音を聞いているような、そんな心地よさの不協和音の連打だったし、そのあとKODE9@UNITでも同様にダンスフロアが戸惑いながらも揺れているのがとても面白く映った。
その後大阪でも披露したが、その後はやはりマイペースな2人らしく
ただ毎月19日にそっとリリースを重ねていた。

ただでさえ寡黙でインタビューもはぐらかすような答えが多い2人が
とんでもなくリラックスした挙げ句の声が小さすぎてレベル調整マックスだった
インタビュービデオをどうぞ、ぼくが人に話を聴きに行くのはコレがキッカケだったなぁ

日本の、と言って良いのかわからないが、JUKEシーンを常に引率するのは今後も日本のアーティストによるだろう。
UKシーンやUSシーンのような圧倒的広がりはある意味アカデミズムの中に既にあって
それによってクリエイター達がフォーマットに縛られていることも感じる。
それを常に壊して、次に進めていく勇気を持つことが出来るのはこの二人のような存在がいる限りは大丈夫だろう、食品まつりakaFOODMANしかり、縛られないというのは実に苦しい作業(高次元に複雑)だとは思うが、得てして本人はそもそんなこともわかってる中でいかに楽しむかが優先されており、そのテキトウさが間口を広げより多くのチャンネルを得るのは小気味が良いよ。

とにかく”ここが震源地”となるに違いない
ミニマルモダンな可能性をJUKEフォーマットに落とし込んだプロジェクト
是非通して聞いてみて欲しい
https://theater1.bandcamp.com/

さてD.J. fulltonoは今月中に、Seapunkから解脱しまた人の次元も解脱したEX UltrademonことLilyの来日公演の大阪場所に出演する。
彼の仕事は常に高評価を得るが、やはりDJたるものはDJをライブで堪能して欲しい
ポリリズムに付きまとわれた男の孤高のJUKEショウは時としてマナーを忘れて踊り狂える楽しさに満ちてますよ。

そして、そのLilyの名古屋場所はここGOODWEATHERにて。
ここではCRZKNYが出演します。
先週末突如表明した#rvst HOUSEは、Theater 1以降と言えるフォーマットからの実験と、ハウスという4ッ打ちのグルーブを合わせた、するどい嗅覚を感じるプロジェクト(だと、思う。なにせ突如すぎる)は、完全にエレクトロダンス全てにリンクし、また最近世界中のアンダーグランドシーンにあるロウブロウなハウス、テクノにもタッチしながらもCRZKNYのもつ荒涼としたザラついた世界観は圧倒的に感じる。
http://rvstmeridian.tumblr.com/

パーティーインフォはまた更新しますね。

はてさて、とにもかくにも、マイペースで欲の無い純粋たるプロジェクトだったな
日本でこんなピュアな行動、体現にでれる人は少ない。
どこかで理解とか共有とか、アカデミズムとか、そういうモノを求めてしまうが
この二人は全くソレの逆をいって「いずれ誰かが見つけた時にこんな音楽が12個ならんでたら、おもしろいよね」の一言で済ませてしまう。
だからこそ次への代謝/変化/継続にもなるのだろう、敬虔なるプレイヤーの次を常に注目していきたいね。

 

 

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